シンオウ徒然道中記・3


ブソン、頑張る

絵板もの

バショウ達にとってはもと来た道を戻るような形だったが、車を置いてきた場所の手前に右に枝分かれした道があった。
タケシの言っていた、東への迂回路である。
分岐点に木々が生い茂っていて、どうやら二人は見落としていたらしい。もっとも、気づいたとしてもそこを通る予定はなかったのだが。

「バショウさん達は観光ですか?」
山道を歩いて観光もないのだが、当たり障りなく尋ねるにはこれがいい。タケシはそう考えながら、少し後ろを歩くバショウに声をかけた。
「…いえ。私はポケモンをテーマに調査をしている大学生なんです。この辺りのポケモンを見てみたいと思い、兄に頼んで連れてきてもらったんですよ」
もちろんウソである。

工作員を裏とするなら、二人の表の顔は車両整備士と大学生の兄弟になっていた。
その兄を演じるブソンが、疲れた表情でうんざりと言葉を吐き出す。
「山に入ったら車がエンストしちまってよ。どうやっても直らないんで、車はそこに置いてとりあえず街へ出ようと歩いていたところだったんだよ」
「大変だったんですね」とサトシ。
まったくだ…と、バショウは心の中でひとりごちた。
太陽と気温に恵まれたいい陽気だったからよかったものの、これが雨だったらもっとひどい状況に陥っていたに違いない。

その山を走る気持ちのよい風が、一瞬強く吹きつけた。
「あっ!」
声の主はヒカリだ。首のマフラーを巻き直そうと外したその時、風にあおられ彼女の手から離れてしまったのだ。
「あたしのマフラーが!」
天女の羽衣のようにヒラヒラと宙を舞うマフラーに手を伸ばし、少女は力いっぱい地面を蹴って跳んだ。
右手がターゲットを掴む。やった! 勝利の笑みは、しかし次の瞬間恐怖に強張った。着地点に地面がなかったのだ。いや…正確には、そこは急斜面になっていた。
あるはずの足場がなかった事で、ヒカリの体はバランスを崩し傾斜面を転がり落ちた。
「きゃああああっ!」
悲鳴が上がった時、すでに彼女は斜面の半分ほどの位置に近づいていた。

「ヒカリッ!」
とっさにモンスターボールを出すサトシとタケシ。この状況下でヒカリを助けられるポケモンは…。そう考えを巡らせる二人の脇を大きな影が跳ぶ。
「遅いっ!」
ブソンだった。急斜面を思い切り蹴り、もの凄い早さでヒカリ目掛けて走り下りていく。
そのスピードに乗ったまま少女の小さな体を胸で受け止めると、彼は後ろ向きの状態で斜面を滑り落ちた。
「ブソンッ、後ろ!」
バショウの声とほぼ同時。ブソンはヒカリを抱えたままの格好で、背中から立ち木に激突した。
二人の体は、ようやく落ちる事をあきらめたようだ。

「ブソン! 大丈夫ですか!?」
「…ってぇ~…頭ぶつけた。大丈夫じゃねぇよ、痛ぇよ。もう少し深刻な顔しろよ」
相変わらず軽口をたたいている兄に、これなら心配はないと弟は胸をなで下ろす。
「…ったく、気をつけろよ嬢ちゃんっ。こんなとこで怪我したらつまんねぇだろっ」
「う…うん…有難う…」
よほど怖かったのだろう。ブソンの言葉にもまともに返せず、ヒカリは小さくうなずくだけだった。
タケシとサトシが、ヒカリをなだめながら連れて行く。幸い彼女もかすり傷で済んだため、自力で歩く事は出来た。
「ブソンさん有難うございます。怪我はありませんか? 手当てしますから遠慮なく言って下さい」
「ああ、サンキュ」
タケシに手を振って応えると、金髪男は傾いたサングラスをかけ直して立ち上がった。

「珍しく優しいじゃありませんか」
斜面を一歩ずつ踏みしめ進みながら、バショウが口の端を意地悪くつり上げる。
実際、普段のブソンなら絶対に手を貸す事はしないだろう。落ちた奴が悪いんだと、非情にバッサリ切り捨てるはずだ。
「分かってるくせによく言うぜ。足手まといはごめんなだけだよ」
「せいぜい頑張って、優しくて頼りになるお兄さんを演じて下さい」
この状況を最大限に利用しようという思惑が、透けて見える瞬間だった。