シンオウ徒然道中記・4
束の間仲良し
その日は野宿に決まった。
この道のもう少し先に小さなポケモンセンターがある事が分かり、日が落ちる前にそこまで行く予定だったのだが、先ほどの出来事で余計な時間を取ってしまったため、どうあがいてもセンターには入れないと判断したからだ。
夜の山道はやたらに歩き回らない事が鉄則だ。その辺は、旅慣れした少年少女達も裏社会の青年二人もよく知っている。
山道から少し外れた所に丁度よい広場があったので、まだ空は明るかったが、キャンプの準備をしようという事になった。
ヒカリ専用のテントを張り出すサトシとヒカリ。食事の支度に取り掛かるタケシ。大人顔負けの手際のよさに、大人である男達の方が口を開けて見ている始末だ。
バショウが慌てて、誰に言うともなしに声をかける。
「我々に手伝える事はありますか?」
「それじゃあ、バショウさんは自分と一緒に食事の準備をお願いします」
「なら、ブソンさんは俺とヒカリと一緒に、このテントを張ってもらえますか?」
バショウにとって、調理は生活の一部なので特別苦でもないし嫌いでもない。それでもタケシのスピードにはついていけなかった。
「たいしたものですねぇ…」
「いえ。自分は小さい時から家事全般をこなしていましたから…」
バショウは、答えながら作業をするタケシの手元に視線を落とし、不思議そうに尋ねた。
「何を…作っているのですか? 何かのソース?」
小さな鍋に入ったとろみのついた液体を、シェフの右手が丁寧に慎重に混ぜている。その過程がよほど重要なのだろう。言葉は発しても目はまったくバショウを見ず、視線はただひたすら鍋に注がれている。
「ポフィンという、この地方でのポケモンフーズ…おやつのようなものです」
「ポケモンフーズ…ジョウトでは見かけませんでした…」
「バショウさんはジョウトの方なんですね。ホウエン地方にも似たようなフーズはあるので、多分探せばジョウトにもあると思いますよ」
鍋を火から下ろし手早く型に流し込むと、やっと一息ついて顔を上げる。
「ポケモンの体調や毛並みなどを整える補助食なんで、バショウさんもポケモンをお持ちなら試してみるといい。なんなら、自分が材料や分量を調べて…」
「本当にたいしたものだ…貴方のような人を、是非うちにも欲しいくらいです」
「え…あ、いや…有難うございます」
穏やかだが力のこもった褒め言葉に、しきりに照れるタケシ。
バショウの賛辞は本心だろう。ただ、欲しいというのは自分の手元ではなく、おそらく「ロケット団に…」の意味だった。
もちろん、タケシはそんな事を知るよしもない。
「あの…ブソンさん」
おずおずと話しかけてきたヒカリを上目遣いで見ながら、ブソンは「おう」と小さく応えた。
テントを支えるロープを地面に埋め込んでいるため、さっきから虫のように地表に這いつくばっている。
「おーい、サトシ! そっちはどうだ!? 上手く入ったか!?」
形が整い綺麗に張られたテントの向こう側から、少年が大声で言葉を返す。
「こっちは入りました! じゃあ俺、たきぎを拾ってきます!」
「…って事は、ここだけ土が固いんだな。杭が入ってくれねぇや…。あ、それでなんだって? 俺に何か用かい嬢ちゃん?」
注意が杭に向いていて心ここにあらずという状態のブソンだったが、ヒカリは、今言わなければまた言いそびれると思った。
「あの…さっきは助けてくれて有難うございました。それから、痛い思いをさせちゃってごめんなさい。あの…何もお礼が出来ないんで、お菓子を焼こうかと思っているん…」
「いらねぇよ」
ヒカリの言葉が終らないうちに、男はサングラスを指先で上げながらぶっきらぼうに言った。
「お互い怪我がなかったんだからそれでいい。礼とか改まったものって苦手なんだよ」
「でも…」
「それに俺、菓子じゃなくて玉子料理が好きなんだ。た・ま・ご・りょ・う・り!」
ニッと歯を見せるイタズラ小僧のような笑顔に、ヒカリも思わず口元をほころばせる。
「玉子料理ね…分かったわ。凄く美味しいのを作るからね」
「ふふ…貴方は玉子料理が好きですものねぇ…」
走っていくヒカリの小さな背を見送りながら、兄をからかうように、偽りの弟が笑いを含んだ小声で話しかける。
「まだあちらは発覚していないようです。出来ればこのまま、警察が動く前にシンオウを出てしまいたいのですが…」
「動いたって俺達だという痕跡はねぇし、万が一ヤバイ事になっても…こっちには人質がいる」
人質とは子供たちに他ならない。それを見越して道中を共にしたのだから。
「手間をかけずに逃げたいものですね」
二人は、暗くなり始めた空に向かって同時にため息をついた。