シンオウ徒然道中記・7
コジロウの交渉
「ハブネーク、ポイズンテール!」
「かわして、かみつく攻撃です!」
勝負をしかけた以上負けられないムサシの意地と、人前で無様な負け方だけは出来ないバショウの見栄が、もの凄い緊張感を生み出すバトルとなった。
どちらも一歩も引けない。引けるわけがない。
少年少女は、いつもとまったく違う…あるいは初めて見るかもしれないムサシと、物静かな印象とは裏腹な攻めを見せるバショウの戦いに、ただかたずを飲んで見入るだけだった。
その様子を少し離れた後方から眺めていたブソンの足元に、
カツンッ!
小石が当たった。
ハッとして周囲を見回したサングラスに、草むらに隠れた青い髪の青年の姿が映る。
ブソンは、サトシ達がバトルに釘付けになっている事を確認すると、こっそりとそこへ歩み寄った。草の陰にその大きな体を無理矢理隠し、不機嫌に声をひそめながら、
「てめぇ、人の仕事の邪魔しやがって」
「す、すいません…」
ぎんっ、とにらみつけられた青年は小さくなりながら、
「俺、コジロウって言います。バショウとは顔見知りなんですが、ムサシの奴…あ、相棒なんですけどね…どうしても一戦交えたいと言って…」
「馬鹿野郎。そんな事はオフの時にやれ。とにかく、早くバトルをやめさせろ」
「それで、実は相談なんですけど…」
コジロウは、少し困ったような表情でぎこちなく笑みを作った。
「サカキ様には、俺達が特務の邪魔をしてしまった事はどうか内密に…」
「あ? ああ…そんな事はいちいち報告しねぇよ」
「それと…お詫びと言ってはなんですが、何かお手伝いさせてもらえればと思うんですが…」
ブソンの片眉が、雨だれの当たった葉のようにピクンッと跳ねた。その小さな動きに目をやりながら、青の髪は言葉を続ける。
「バショウだって、手持ちのポケモンをここでさらしたくはないと思うんです。だから、早くバトルを終わらせるため…っ…」
言葉をさえぎり、ブソンの大きな手がいきなり青年の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ…俺を脅そうってつもりかっ?」
男は、コジロウの思惑を瞬時に理解していた。
『バトルをやめさせたかったら、仕事の邪魔をされたくなかったら、手柄となる仕事をよこせ』
コジロウの言葉には、そういう意味が含まれていたのである。
「お、脅すなんて滅相もないっ。その…俺達のお願い事だと思って頂ければ…」
慌てて首を左右に振る優男の白い顔を、ブソンは黙ってジッと見た。
コジロウには、ロケット団の人間にはありがちな独特の雰囲気が感じられない。育ちのよさがそうさせているのかもしれないが、何かを画策しているようなスレた部分がもともとないのだ。
とはいえ、バショウが手持ちを出したがらない事を知っていて、それをわざわざ口にするのはあざといとも取れよう。
それでもブソンは、この青年は実害がないと判断した。少なくとも自分も含めたロケット団員の中では、良心的サイドに分類される人間だと思えたようだ。
「本来ならこの場でぶん殴るところだが、ちょうどいい仕事があるからそいつをやろう」
「ほ、本当ですかっ? 有難うございます! あの…この事をサカキ様に」
「成功したら報告してやる。上手くいけば地元の新聞には載るだろう。そいつを確認してからだ」
「はいっ」
鼻を突き合わせて細かな話し合いをする二人の向こう側では、決着のつかないバトルがまだ続いていた。
「こうなったら、いくわよドクケイル!」
ハブネークではらちが明かないと悟ったムサシは、突然別のポケモンを出してきた。
虫タイプのドクケイルは悪タイプのグラエナに強い。ここで一気に叩こうという作戦だ。
「1対1の勝負なのに、汚いぞロケット団!」
だが、ムサシはサトシの非難にせせら笑って答えた。
「1対1なんて言った覚えはないわよ。それに、ロケット団に卑怯はつきもの。ロケット団員なら…絶対に文句なんか言わないわ」
最後の言葉はバショウに向けたメッセージ。文句は言わせない。来れるものなら来い。相手になってやる。ムサシはそう言っていた。
仕方ない。バショウは渋々懐から別のボールを取り出した。
仕事用として持ち歩いているとっておきのポケモンだ。むやみに人前でさらしたくはないが…。
その時。
「ハブネーク、くろいきり!」
命じた声はムサシではない。しかし、いつも耳にする知った声に、ハブネークは何も疑う事なく技を発動させた。
「な、なによっ! なんなのよっ!」
霧に紛れて現れたコジロウは、相棒を肩にかつぎ上げるとバショウの鼻先にヌッと顔を出して、
「悪かったな。ムサシに付き合ってくれてありがとな、バショウ」
そのまま、ポケモンともども黒色の中に姿を消した。
「今の…なんだったの?」
霧の晴れたそこで呆然とつぶやくヒカリ。サトシもタケシも、狐につままれたような顔をしている。
「ゲームは終ったようだな」
何食わぬ顔でやってきたブソンを、弟はチラリと見て言った。
「…後でじっくりと話を聞きますからね」
「そう怖い顔するなよ。負け試合にならなかったんだからよかったじゃねぇか」
「負けるわけがない。私にケンカを売った事を、激しく後悔させてやるつもりでいました」
至極真面目な顔で、冗談みたいなセリフを冷たく言い放つバショウ。
『この人は、本気でそう考えているんだ…』
サトシはこの時初めて、自分のバトルの相手がブソンでよかった…と心から思った。