シンオウ徒然道中記・9
思惑さまざま
ブソンとバショウがポケモンセンターに到着した頃、ムサシとコジロウは山二つ向こうの資料館に来ていた。
「なんで、あたし達がこんな事しなきゃなんないのよっ」
スーツの襟を正しながら、ムサシはコジロウの耳元で不機嫌に吐き捨てる。
だが、コジロウはそんな事は全然気にならない様子で、銀縁の伊達メガネを整えながら微笑を浮かべた。
「あの特務がどうしてもやらなければならない仕事を、俺達が代わってやってやるんだぜ。ボスに売り込むチャンスじゃないか」
「そこまで考えてブソンに交渉したの?」
「最初はダメもとで話を切り出したんだけど、内容を聞いて、ブソンが手を欲しがっている事が分かったんだよ。あとは俺達に有利に話を進めただけさ」
相棒の機転の良さと抜け目なさに感心しつつ、しかしムサシの機嫌はまだ直っていない。
彼女は、バショウとのバトルに水を差された事に腹を立てていたのだ。勝機はあった。なのにコジロウにかつぎ上げられ、自分から逃げるかのようにバトルを放り出してしまった。
バショウの目にどう映ったろう。あの男は、鼻でせせら笑っているのではないか。まったくもって口惜しい!
ギリッと奥歯を鳴らすムサシに、コジロウはサラリと言った。
「多分…バショウには勝てなかったと思うぜ」
「なんでよ! あたしの方が押していたじゃない!」
「あいつ、次のポケモンを出そうとしていたろう? あれ…ハガネールなんだよ」
「うそ…バショウの手持ちはイワークだったはずじゃ…」
「養成所時代の話だろ? イワークだって進化もするさ」
鋼鉄のヘビ、ハガネールを持つ男だったとは。確かに勝つのは難しかったかもしれない。
「ああん、もうっ! 悔しいったら悔しいっ!」
両手の拳を上下させてわめくムサシを尻目に、青い髪の青年はネクタイを整えながら口の端をつり上げた。
「仕事だぜ、ムサシ。俺達は研究所の研修生。しっかりと石を見てこなきゃな」
「…分かったわよ…やればいいんでしょ、やれば…」
若い二人の研修生は、貴重な石のダミーを破壊するために資料館へと入って行った。
翌日は朝から大雨だった。
ポケモンセンターにいたトレーナー達は、誰もがこの雨で足止めを食っている。
雨の勢いは昼を過ぎても納まらず、センター内には「もう外には出られない」というあきらめの空気が漂っていた。
タケシとサトシはポケモン達の世話に行ったため、ヒカリはブソンとホールで話し込んでいた。
とはいえ、少女の扱いがまったく分からないブソンと、大人の男性とあまり接する事のないヒカリだ。会話はぎこちなくチグハグで、はたから見ている方が面白いかもしれない。
その時、真剣な表情で新聞を凝視していたバショウが顔を上げた。
「ブソン、これを…」
差し出した夕刊の小さな見出しを指差し、彼は小さくうなづいた。
[資料館展示室でボヤ。この騒ぎで、展示物の石が数点と書物が破損。石は修復不可能]
記事を目で追うブソンの口元が、してやったりとかすかにほころぶ。ムサシとコジロウは上手く事を運んだようだ。
そこへサトシがやってきた。
「ヒカリ。タケシがポフィンを作ってくれたんだけど、こっちへ来ないか?」
「うん、行く! ブソンさんとバショウさんも一緒に行こうよ」
「俺達はいいから、嬢ちゃん一人で行ってきな」
白い帽子にポンッと手を置き、ブソンは笑って少女を促す。
「分かった。それじゃあ、また後でね」
ヒカリの細い背を見送ると、二人の青年のぎらりとした目は、窓際に置いてある大きな観葉植物に注がれた。影にはグレッグルがいた。
「我々は今夜にはここを発つ。お前が邪魔さえしなければ、万事上手く納まりますよ」
「ガキ共には何もしねぇから安心しろ。分かったら俺達の前から消えな」
軽い口調でありながら、そこには脅迫めいた音色が感じ取れる。
しばらく二人をにらみつけていたグレッグルは、しかし「ケッ」と小さく息を吐き出すと、何事もなかったかのようにホールから出て行った。
「納得したようですね。それにしても、嫌になるくらい頭のいいポケモンだ」
「くだらねぇ…ポケモンにそんなものは必要ねぇさ。従順なだけでいいんだよ」
「貴方のプリンのように?」
「うるせえな…」
いつの間にか雨はやみ、空には夕焼けが広がっていた。